活動報告

2020年一橋大学学長選を終えて 後編 投票に見られる運動の勝利と今後の課題 

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2020.05.10

シリーズ 一橋大学から見る近年の大学諸問題④
一橋大学院生 町田睦月
3月26日の意向投票時に投票場となった兼松講堂前に出した立て看板(大きいサイズ

 前回(第四回前半)で述べたWeb上での学生参考投票は、次のような仕方で実施された。それは、3月18日~25日を投票期間とし、投票形式は、これまでの形式に則り、除斥投票(不信任と思う候補に投票)、複数回答可、というものである。投票者総数は359名であった(学部生187名、院生155名、次年度学部・大学院新入生11名。結果詳細はこちら)。

 結果は以下の通り。

大月候補…104票(総投票者に占める割合29%)
中野候補…56票(同15.6%)
沼上候補…300票(同83.6%)
全員信任…35票(同9.8%)

 このように、沼上候補への不信任票が顕著だった。公開質問状への無回答によるイメージはあるだろうが、それ以上に、副学長就任以後の運営に対して蓄積された不満が要因であろう。というのも、自由記述では、授業料・寮費値上げ、4学期制移行、大学祭、差別・ハラスメント問題、教員減など数多くの話題が列挙され、大枠として、学生との対話を行い運営の透明性を高めることを求める声、トップダウン型運営への反省を求める声が多かったからである。ともかくもWeb投票を終えて安堵した。学生の中でも現状に異議を唱える声があると示すことができたのは一つの成果であるし、春休み中かつ新型コロナウィルス感染拡大という学生がキャンパスに集まれない中でなんとか投票を今回も実施できたことは大きい。

 また、ここで述べておきたいことは、院生自治会以外にも学生の側で動きを見せた団体が存在したことである。現学長体制下で起きた諸問題は、それぞれの問題の解決を目指す組織を生み出していた。具体的には、連載第一回で述べられた授業料値上げを考える一橋大学有志の会、アウティング事件をきっかけにして誕生したLGBT Bridge Network、寮費値上げに反対する学生有志がそれにあたる。とりわけLGBT Bridge Networkが中心となり、公開質疑の際に、ハラスメント問題、授業料問題、寮費値上げ問題など学生に関する議題について真摯に議論せよと要望する署名が作成され、99名の賛同を経て当局に提出された。こうした動きもまた、学長選への学内世論喚起や、候補者に対し真摯に学生の声に耳を傾けるよう意識させる役割を担っており、これも参考投票への関心を集める要素となった。

 さらに、教職員組合の側でも動きがあった。意向投票に向けて組合ニュースレターにより全職員のために逐次情報が発信され、学内世論の盛り上げが意識されていた。意向投票有権者のみならず、全教職員の窓口として、この大学で働く者全員に関わることとして学長選を捉えた動きがあったのである。学生の側だけでなく、全構成員がそれぞれの立場から多角的な取り組みが展開されていたことは、生きた自治を実現する意味で重要であったように思われる。

 立場問わず、今回の学長選において活動された方々に対して、ここで敬意を表し、また謝意を述べておきたい。

学長選当日の動きと結果

 以上のような動きを経て、コロナウイルス感染の影響が心配されるところだったが、3月26日の意向投票は予定通り行われた。この日のために、Web投票結果をもとにビラと立て看板を作成した。特に立て看板は、投票所に来る有権者のみならず、通り過ぎる学生や市民にも見てもらえるよう、投票所となった兼松講堂の目の前に設置。インパクトは大きかったようで、立て看板の前に立ち止まる者も数多くみられた。学生から「やはり投票権が欲しい」といった声や、市民からも候補者に対する感想が聞かれるなど、少なからぬ反応があったように思われる。

 数人の院生に協力をもらい、意向投票の開始と同時に、投票にやってくる有権者に向けてビラを配布していった。学生側の投票結果に驚く者、予想通りだと笑う者、無視する者、怪訝な顔をする者、向こうから声を掛けてくる者、反応は様々であったが、約200枚のビラはおおよそ全て配り終えることができ、関心の高さを伺わせた。

投票結果、今後の課題

 新学長は3月30日公示された。結果は、社会学研究科・中野聡教授が新学長に決定した。学長選考会議の内部でどのような議論が起こったかは明かされていないが、意向投票の結果は、中野候補が最多得票を獲得したとのことで、その結果を尊重するものと言ってよい。

 意向投票の結果は以下の通りである(学長選考会議による学内公示より)。

大月候補…65票
中野候補…145票
沼上候補…108票
無効票…7票
合計…325票

 ただし、学生参考投票の結果がどの程度加味されたのかは不明ではある。しかし、学長選考会議は意向投票の結果を覆すことも制度上は可能だったところ、意向投票通りとなったことを考えれば、一定の影響はあったのではないだろうか。

 また、三者構成自治の名の通り、教員・職員・学生がそれぞれ学長選の中で動いたことは大きい。しかも、学長選が話題となる以前には、現執行部にとって本命であった沼上候補ではなく、中野候補が新学長に選ばれたこと、これは学内意見が反映された結果に他ならない。つまり、今回の学長選に関しては、三者構成自治が機能したともいえるのだ。この点は、この運動に関わったすべての人が誇れることだと強調すべきであるし、また、本連載で振り返ってきたような、現体制下での様々な運動が今回の結果につながったことも強調しておきたい。

 他方で、新学長体制がスタートしたとしても、大学として出来ることに限界がある現状は心に留めて置かなくてはならない。一橋大学のあり方も、本邦の大学政策に規定されるところ大なのは、他の大学と変わりないからである。とりわけ予算・財政上の制約は、文系大学である本学については特に大きい。公開質問状への回答を見る限り、新学長中野教授もまた同意見だろう。

 以上を受けて我々が今後なすべきは何か。

 第一に、学内運営の変化を促すことである。近年一橋で起きた問題に共通するのは、当局が学生の意見に耳を傾ける姿勢を見せておらず、かつ十分な説明が行われていないことだ。学内諸機関が、相談者の訴えに真摯に答え、問題への解決に注力していれば、それぞれの問題が違ったあり様を見せたであろう。確かに授業料・寮費の値上げなど財政面からくるものもあるが、それ以上に、執行部の姿勢自体に起因する問題が多すぎたのだ。具体的には、副学長との定期会合再開による学生への情報公開など透明性の強化、ハラスメント相談室など学内諸機関の機能改善を求めていく必要がある。

 第二に、各所と連帯しながら、国に対し大学政策の転換を求めていくことである。国による大学「改革」の名の下で、各大学は疲弊している。現蓼沼体制は、国の提示する要求に適応しようとするあまり、学内各所との調整を怠っていたからこそ、問題を抱えたとも考えられる。とはいえ、各大学への予算措置が評価と紐づけられ、「改革」とセットとなっている現状を考えれば、一橋大学のみが抵抗姿勢を見せることは難しいのも事実である。

 従って、現状の根本的な改善は、全国的な運動の展開如何にかかっている。それがあってこそ、各大学での民主的な自治形態がとり得る。つまり、学内での運動と同時に学外の運動にも目を向けなくてはならない。幸い、一橋大学院生自治会も加盟し、長らく院生のための運動を担ってきた全院協を筆頭に、最近では他にも現状の変革を目指す団体が出てきている。また、もちろん全国各大学での運動も継続中である。厳しい状況は簡単には変わらないだろうけれども、今回の学長選での経験を活かしつつ、活動を継続していかなくてはならない。

 ただ、これらの課題は残るものの、一橋大学での運動を巡る本連載に区切りをつけるに当たって次のように申し添えたい。これは、本連載で見てきた苦境の中で院生生活を送ってきた身として抱いた正直な思いである。

 我々は今回の結果を喜んで良い。即ち、本記事は、我々が成した一つの勝利を記したものである。前途は多難であるがこれを胸に活動を続けたい。

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