活動報告

2020年一橋大学学長選を終えて 前編 2020年学長選に至るまでの軌跡

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2020.05.10

シリーズ 一橋大学から見る近年の大学諸問題④
一橋大学院生 町田睦月

一橋大学における学長選の歴史的意義

 戦後の一橋大学において、学長選の歴史とは、大学自治の歴史といっても過言ではない。連載第二回で述べられたように、学生投票は、戦後直後に制度化された。これは当時から今に続く一橋の運営理念、「全構成員(三者構成)自治」(教員・職員・学生)に則るものだ。戦前の大学への介入を受け政府に協力した歴史への反省から、学生にも大学の行く先を決める権利を、と考える関係者の意志によって、学長選考への投票権の他、当局との団体交渉権が学生にも認められたのである。

 ところが、全国的に大学自治への前向きな意識が失われていったことと歩調を合わせるように、一橋においても学生自治は生き生きとした感覚を失いつつあった。学長選に当たっての投票行動自体は継続していたが、参考投票扱いとなり実効力を失い、21世紀に入って以降の投票率の低下は顕著なものだった。加えて、これまでの連載で触れられたが、2014年以後の現執行部体制下の苦境のなか、自治組織の力も衰えを見せ、一橋から自治の雰囲気が急速に消失しつつあった。しかし、今回の学長選を巡る動きの中で、希望が感じられたことも事実である。

 今回は2020年度学長選を巡る動きを振り返りつつ、一橋の自治、そして大学自治がこの先どうあるべきかについて考えてみたい。また、以下の記述は、客観的な状況報告というよりも、体験記に類するものであり、かつ、学長選を巡っては多様なアクターが存在したものの、ここでは学生の動きを主な話題とすることを断っておく。

近年の一橋大学における重要な出来事と当局の対応の共通点

 学長選を巡る動きは既に昨年から始まっていたといえる。というのも、2019年10月29日、現学長蓼沼氏が突然、2020年11月までの任期満了以前の同年8月に辞任すると発表したからだ。これにより、現学長に続く新学長は2020年9月から任期を開始し、学長決定は3月末となる。

 この知らせは青天の霹靂と受け取られた。一橋では、過去の経緯から11月に学長選が行われていたからである。発表によれば、休業中に学長選考や引継ぎが行われることにより、次期体制への移行をスムーズにするためとのことだった。しかし同発表の中では、蓼沼学長体制を支えてきた現理事や学外委員(それぞれ学長選考委員を兼ねる)の任期満了以前に学長選考を行うとも述べられており、我々には違ったメッセージと受け取られた。現学生担当副学長であり、学内運営の中心であった沼上氏の出馬が確実視されていたこともあって、現体制の流れを崩さないための一つの対策と読めるからだ。個人的には、発表への驚き、学長選への不安、対策の必要性など様々な感情がない交ぜとなったことを記憶している。

学長選当日までの動き

 他方で、昨年10月から本年初旬は、連載第一回で述べられた授業料値上げ問題や、2020年度からの修学支援新制度に関する情報収集、要望書提出などの対応に追われていた時期でもあり、学長選に向けて充実した準備ができていたわけではなかった。

 そのため、候補者が3人であるとする知らせは驚きを持って受け止められた(沼上氏の他、経済学研究科・大月康弘教授、社会学研究科・中野聡教授)。上記の通り、沼上氏の出馬が確実視されており、さらに言えば当選もまた確実視されるような学内の雰囲気があったからである。話を聞いた教員らによれば、運営方法への違和感を覚える教員や、諸々の事件への対応に異議を唱える教員らが存在し、対立候補を擁立することで学長選挙を「選挙戦」として成立させ、学内意見の顕在化を目指す動きが生じたとのことであった。学生のみならず教員層からも対抗する動きが見えたことは、学内世論の喚起を促す意味で良い兆しと受け取ることもできたが、複数の候補者擁立により、票割れも心配された。

 ここで、一橋における学長選考の流れについて説明しておくと、以下のようである。①立候補希望者が推薦人(10人以上)を集め、教員など学内委員及び学外委員(経営協議会メンバー)からなる学長選考会議で立候補者として認められ公示、②教員と、ある役職以上の職員を有権者とし、学長選考に加味しなければならないとされている意向投票(投票前に公開質疑を開催)、③その結果を加味して学長選考会議によって決定、こうしたものである。

 かつては学生投票も効力を持っていたが、現在は参考にとどまる。また、教職員組合を窓口とした全職員による投票も同様に参考に過ぎない。しかし、学生・職員による参考投票は効力を失ったのちも、それぞれの意見を可視化するために継続されていた。学生側に関していえば、学生自治組織(学部自治会(現・学部協議会)、院生自治会)、教職員組合、当局側による選挙管理委員会が立てられ、票管理や日程周知、公開質問状の送付・回答などが行われるのが通例だった。

 しかし、院生自治会として、教職員組合との意見交換の場を持った際に、沼上副学長から組合に宛てて――予想されていたことではあったものの――、「当局として参考投票に関与することはない」とし、参考投票に協力しない旨、通達があったことを知った。この時点で、通例の選挙態勢は取れないことが判明する。しかし、選挙戦の中で学生の意見を当局に伝える重要性、また、これまで継続されてきた投票を今回も実施したいとの思いから、第一に、公開質問状をとにかく提出すること、第二に、Web投票を行い、その結果を公表することを決めた。

 公開質問状とは、学生の側にある諸問題について各候補がどのような意見を持っているかを選挙当日までに確認し、投票先決定の材料とする役割を持つ。また、回答自体が、当局の学内運営への姿勢を知る機会となる。公開質問状の回答が無ければ、候補者の見解が述べられる機会は3月16日公開質疑のみとなってしまう。回答があるかどうかは不安だったが、院生自治会は、各所の協力を経て、公開質問状を作成するとともにWeb投票実施の準備を行った(公開質問状とその回答はこちら)。

 公開質問状の回答が得られたのは大月候補、中野候補からであった。沼上候補からは、「公開質疑での議論でもって回答に代えるため、直接の回答は行わない」旨のメール回答がなされた。回答があった候補らの見解はそれぞれ異なる視点から述べられていたが、概ね学生が考える材料を提供するに値するものであり、興味深いものと映った。

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