活動報告

一橋大学寮費値上げ問題――学生寮の危機はローカルな問題ではない

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2020.05.08

シリーズ 一橋大学から見る近年の大学諸問題③
一橋大学大学院言語社会研究科博士後期課程 石附鈴之介
2018年7月18日の寮費値上げ反対集会当日に中和寮内に掲げられたポスター(筆者提供)

 2018年5月、一橋大学の学生寮のうち一橋(いっきょう)寮(通称・小平(こだいら)寮)と国際交流会館の寄宿料が2019年度入学者から4~5倍に値上げされることが突如決定事項として寮生らに通達された(例えば一橋寮の単身室なら5900円の寄宿料が24000円、家族用の居室なら14200円が64000円になるという。もちろんこれらに別途共益費や水道光熱費がかかる)。

 この寄宿料の改定は「現在住んでいる寮生及び2018年度以前に入学し新規入寮を希望する学生」には適用されないものだが、そのあまりの値上げ幅と唐突な「決定」に対して、一橋寮の留学生による有志団体(小平寮寮生協議会)、中和寮自治会(院生寮委員会)、院生自治会の三団体共闘体制での署名活動や要望書の提出など値上げ反対運動が行なわれた。

 中和寮自治会は値上げ対象外だったが、「寮に関わる重要な事柄は寮生との合意なしに決定しない」という大学側との合意書があるため、事前協議なしのこの値上げが前例になると今後他の局面でも大学の管理が強くなるのではないかという懸念があり、また副学長による寮費値上げの説明会において「中和寮も今後同様の方法により値上げをする」ということが示されたため、今回の値上げの対象ではないが反対集会を開催した(2018年7月)。

 だが、値上げの決定は覆らなかった。要望書に対する返答すらなかった。反対運動は院生のみによって担われ、学部生を巻き込むことはできなかった。


 副学長によれば値上げの根拠は寮にかかる8000万の「赤字」を解消するためであり、寮は「受益者負担」のもと運営していくという。「赤字なら仕方ないのでは」といった意見もあるかもしれない。だが、本当に「赤字」なのだろうか。これは考え方の問題で、8000万円は困窮学生を救うための「必要経費」だというスタンスもあるはずだ。そもそも学生寮は教育の機会均等を保証するための厚生施設であり、現に入寮の際は世帯の所得を申請しており、所得が高いと入寮できない。寮は経済的に苦しい学生のためのセーフティネットであり、寮生は利益を受けている「受益者」ではない(この副学長の「受益者負担」の考えは東京新聞2018年7月23日朝刊の特報面においても「持論」とされている)。

 また単純に値上げするのでなく不要な支出を抑えるために実際寮に住んでいる学生の意見を聞くべきではないかという訴えも、「経営の問題」として退けられた。現在、寮に関する重要な事柄は突然上から降ってくるものになってしまっており、寮生活に対する不安の声も上がっている。これでは大学が寮の目的の一つとして明文化している「良好な居住及び勉学環境」は達成されないだろう。

 中和寮は大学に対して恒常的な話し合いの場を求めているとともに、留学生は原則一年しか中和寮に居住できない差別的な制度を是正することもまた大学に訴えている。値上げされた他の寮では留学生も日本人と同等の年限住めるように制度が変えられており、「寮の値上げ」と「留学生の居住年限」がトレードオフの関係になっているのだ。2018年4月に入寮した留学生は一年でほぼ全員退寮となってしまった(詳しくはTwitter@save_our_dorm京大新聞に寮生が寄稿した記事を参照されたい)。一年で人が入れ替わってしまっては寮生同士の交流も促進されず、大学が寮の目的の一つとして掲げている「国際交流」も、その前提である人と人との交流が存在しなければ到底達成されるものではないだろう。

 学生寮を取り巻く状況は一橋に限らず厳しい。東京工業大学の学生寮、松風学舎は「老朽化」を理由に2020年3月廃寮となった。学生からの要求があったにもかかわらず、入居していた学生への補償は不十分なものだったという(代替宿舎として他寮への転居は認められたものの、元の倍以上であるその寮費の減額措置や、一般賃貸への引っ越し代・家賃補助といった金銭的な補償はなかった)。ほかに東北大学の日就寮は大学の公式パンフレットに「中核派系全学連が拠点の一つと位置付けて」いると記され、寮自治会の再三の要求にも関わらず大学はその記述を撤回せず(なぜならあくまで拠点と位置付けているのは「中核派系全学連」であり、大学がそのように位置付けているわけではないからだという)、年々入寮者が減少し寮の存続さえ危ぶまれている。また京都大学吉田寮は大学から過去の寮自治会との合意事項を反故にされ、一方的な退去通告を迫られただけでなく、寮に居住している(居住していた)学生らが計45名裁判に訴えられている。現在の新型コロナ禍にもかかわらず大学は学生を守ろうという姿勢は見せず、学生との対話を拒否し強権的に司法に訴えているのである。(各寮の詳細、あるいは各寮自治会の見解についてはHP、寮の公式パンフレット等を参照のこと。日就寮 吉田寮

 これら現在の日本の学生寮を取り巻く困難な状況は、教育の機会均等を守る困窮学生のための安価な学生寮が、それぞれ形は違えど失われようとしていることを浮き彫りにしている。そして加えて問題なのは、大学は決して学生の要求を聞こうとすらしないことである。学生の要求は無視され対話は拒絶される。大学のいかなる決定にも唯々諾々と従い、批判的思考を養うことのない学生が求められているのだとすれば、それは社会の死であり、学問の死さえ招くことになるだろう。

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