声明・談話

《声明》新型コロナウィルス感染拡大から大学院生の生活と研究を守るための緊急要求

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2020.05.22

全国大学院生協議会 2020年度第1回理事校会議

 新型コロナウィルス感染拡大によって、社会のあらゆる層を構成する人々がさまざまな影響を受けている。そうした中で大学院生は、生活の維持という面でも研究の遂行という面でも深刻な影響を被っている。前者については、アルバイト等で生計を支えていた多くの大学院生が、シフトが減って収入を減少させ、また職を失った場合に雇用保険が不適用であることによって所得保障が受けられないことなどから、重い学費負担や、自己負担の研究費用、生活費などを負担することが出来なくなっている。また、後者については教育と研究の場である大学が休校や施設の閉鎖など臨時の措置をとる中で、図書館や実験設備が使えない、適切な指導が受けられない、調査やフィールドワークが行えないなどの研究への直接的な影響も出ている。

 しかも、大学院生がいま被っている困難は、コロナ禍だけで生じたものではない。全院協が2004年以来行ってきた大学院生の研究・生活実態調査アンケートで明らかにしているように、大学院生の生活と研究は、公的支援が不十分なまま専ら自助努力によって支えられてきた。2019年度アンケートでは、大学院生のおよそ81.7%がなんらかのアルバイトに従事しており、またアルバイトをする大学院生の89.9%が「生活費をまかなうため」にアルバイトをしていることが明らかになった。また、国立大学に所属する院生では標準額である約53万円以上の授業料を全額負担する院生が6割を占め、私立大学に所属する院生に至っては60万円から100万円以上にも及ぶ学費を負担している院生が65%以上を占める。新型コロナウィルス感染症の終息は見通せず、その影響は長期間に及ぶことが容易に想定されるため、大学院生への支援策は、大学院生個々個人の自助努力・私費負担の構造にメスを入れざるを得ない。

 大学院生は、大学を始めとした研究機関でその学術的な基盤を支える存在であるとともに、将来の学問の担い手でもあり、また学位を取得して就職した場合にも社会の知的な基盤を支えていく存在である。その生活の維持と研究の継続が保障されるような緊急支援を、以下、政府に対して要求する。

1.一人あたり最低月額10万円を――生活を維持するための継続した給付的措置

 5月19日に閣議決定された「学生支援緊急給付金」は、大学院生も対象としているものの、「家庭から自立」していることや新型コロナウィルス感染症の影響でアルバイト収入が50%以上減少したことなどを要件としているため、支援規模が全学生の1割強でしかない43万人となっている。申請に必要な書類も多く、「緊急」にふさわしいものとは言い難い。また、コロナ禍という本人の責めに帰すことができない事態への支援にもかかわらず、ただでさえ年齢を重ねて将来に不安を抱えている大学院生に対して「第一種奨学金(無利子奨学金)を限度額まで活用している又は申請を行う予定であることを求め」るなど、借金させようとしているのは不当である。また、留学生についてのみ成績要件を課すなど、選別主義に基づいた差別的な制度の問題が明らかになっている。こうした差別的な処遇は速やかに撤廃すべきである。新型コロナウィルスの感染拡大という属性によらず社会全体に影響を及ぼす事態においては、確実に困難に直面した当事者に行き届くよう資力調査や成績要件、国籍要件のない一律の給付制度こそが望ましい。

 日本学生支援機構が2016年度に行った学生生活調査では、支出から授業料を除いた1か月あたりの生活費は、大学院修士課程が約9万5000円、同博士課程が約15万円、同専門職学位課程が約12万3000円であった。同調査がほかに対象とした大学と短大(昼夜間両方)を含めた平均月額は約10万円であった。

 よって、今年度について、高等教育を受ける全ての学生に対し、1人あたり最低月額10万円の給付措置を行うことを求める。

2.国公私立区別なく、国費により一律で学費を最低でも半額に

 大学院生の支出の多くを占めるのが学費などの大学に納入する自己負担である。本来、高等教育にこのような高額の自己負担が必要であること自体が不当であり、こうした高い学費負担が今般の状況下で院生の研究と生活の基盤をきわめて脆弱なものにしている。高等教育無償化プロジェクトFREEや一律学費半額を求めるアクションなどが既に求めているように、国の責任において、これらの学費負担を一律で半額免除することを求める。また状況に応じて全額を免除することも必要だと考える。

3.研究・教育を維持するため、休学に関する特別措置や大学への財政支援を

 大学や図書館の閉鎖及びそれにともなう実験や実習の中止、海外渡航が出来なくなったことなどにより、大学院生は学位論文の執筆や業績となる研究の遂行が困難な状況に追い込まれている。新型コロナウィルスの感染拡大は災害とも呼べる偶発的な出来事であり、これによる影響を自己責任で引き受けなければならない状況に大学院生が追い込まれるのは全く不当である。

 研究の遂行が困難になり、学位論文の提出が出来なくなった院生が休学をする場合などに、休学年限として繰り入れないことや、休学にかかる費用負担をなくすことなど、院生が大学に在籍し続けるうえで不利益が生じない支援策を国の責任で示すべきである。また、オンライン授業の導入に伴う追加支出の補填や、図書館などを始めとした研究に必要な施設やサービスにアクセスできる体制を充実させるよう、国は責任をもって財政的に支援することを求める。

4.今年度の奨学金の返済猶予と、利子が膨らむことのないよう手当を

 新型コロナウィルスの感染拡大は、本人の責任に帰すことの出来ない様々な経済的影響を生じさせている。こうしたなかにおいても通常通り奨学金の返済が求められるのは不当である。少なくとも今年度中の返済猶予については、120か月を上限とする返済猶予をこれに充てずとも返済を延長できるようにするとともに、有利子奨学金の利子についてはその債務が増加しないような手当をすべきである。

5.新型コロナウィルス感染拡大対策への注力と大学「改革」停止及び見直しを

 新型コロナウィルス感染拡大は、時期は未だ見通せないが終わりのある問題である。コロナ終息後に日本の高等教育や研究が維持・発展できるかどうかは、いま、大学・研究機関や大学院生をはじめ学生を、コロナ禍の影響から守れるかにかかっている。政府は当面、既存の政策枠組みにとらわれず、新型コロナウィルス感染拡大対策に全力を挙げるべきである。

 しかしながら政府が、9月入学導入を急ぎ検討し、第6期科学技術基本計画策定に向け科学技術基本法改正案を今国会で成立させようとし、「国立大学法人の戦略的経営実現に向けた検討会議」で授業料や学生定員設定の自由化を進めようとしていることに、全院協は重大な懸念を有する。これらは、大学をめぐる社会経済的な基盤を深刻なまでに脆弱にし、大学院生を自己責任と競争に追い込んだ1990年代以降の大学「改革」に連なるものであり、大学や学術をさらなる危機に追い込みかねない。国立大学法人化を推進した中心人物である有馬朗人元東大総長・元文部大臣もかつての法人化が運営費交付金の減額を引き起こし、結果として誤りであったことを認める発言をしている()。コロナ禍でその病理がますます露わになった以上、これら「改革」を少なくとも停止することを求める。ましてや新型コロナウィルスの感染拡大をその理由として「改革」を急ぐなどということは決してあってはならない。コロナ禍で露わになったのは、平常時における日本の高等教育への公的支援の脆弱さであり、運営費交付金や私学助成の増額などこれまでの「改革」からの転換こそ必要である。

 全院協は、新型コロナウィルス感染拡大から高等教育を守るあらゆる個人・団体との連携を強め、大学院生に対する緊急的な支援を政府に求めるとともに、大学や高等教育の在り方そのものを抜本的に検討することを政治や社会に対して呼びかけるものである。

以上


「国立大学法人化は失敗だった」 有馬朗人元東大総長・文相の悔恨(日経ビジネス2020年5月21日)(2020年5月22日最終閲覧)

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