活動報告

一橋大学における授業料値上げ反対運動について

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2020.04.24

シリーズ 一橋大学から見る近年の大学諸問題①
一橋大学大学院社会学研究科博士課程 菊地賢

 2019年9月11日、一橋大学は突如として次年度の全学部生および経営管理研究科に対して授業料値上げ(535,800円【標準額】→ 改定後642,960円【107,160円増(120%)】)を行うことを発表した。学生はおろか、ほとんどの教職員すら大学当局の発表を通じて、初めて授業料値上げを知るに至ったのであり、まさに寝耳に水の状態であった。この事態を受け、同年9月後半に学生の間で動きが出始め、「授業料値上げを考える一橋大学有志の会」が結成された。以下、この団体の動きを通じて運動の経緯を追っていく。

 まず10月8日から、授業料値上げや値上げの理由の周知度、およびそれらに関する大学側の説明の満足度に関するアンケートが行われ、10月17日には授業料値上げに対して反対する要望書が提出された。その後、このアンケートの結果発表も兼ねて11月27日にシンポジウムが開催され、12月7日には授業料値上げに関する説明を求めて学長を招いた公聴会を企画した(ただし学長本人は度重なる招待にも反応すらせず、結局姿を現すことはなかった)。また、同様に授業料値上げを発表した諸国立大学の学生、教職員とともに協力し合うとともに、12月末には署名集めを行い、提出した。

 この流れの中で明らかになった授業料値上げの問題点は主に三点である。第一に値上げの根拠となる数字的根拠が全くないことである。大学は、授業料値上げは「世界最高水準の教育研究拠点の構築に向けて必要となる大規模な改革を行うため」と称し、国際競争力の強化、教育環境の整備に充てるとしたが具体的な金額や整備内容は今に至るまで明らかになっていない。「有志の会」ではこのことに関して、大学に情報開示請求を行ったが、当該資料は「全面黒塗り」で提出された。同様に授業料値上げに関する情報開示請求を受けた東京藝術大学が当該資料に何も加工することなく提出したことからすれば、いかに一橋の対応が異様なものであったのかが伺われる。

 第二の問題点はいつ、どこで、誰が値上げを決定したのかというプロセスが不明なことである。上記のように授業料値上げの動きの存在を事前に知っていた者はほぼおらず、一握りの人間しか知らなかった。授業料値上げという学生生活にかかわる重大な決定が、学生の知らないところで進められ、一方的に行われたのである。これは学生、教員、職員の三者を対等な大学運営の担い手として、この三者の合意に基づいて大学としての意思決定を行うという理念である「三者構成自治」をないがしろにしている点で非常に問題である。詳しくは第二回以降で述べられるが、一橋は学内民主主義が正常に機能しなくなったことで、重大な差別事件、ハラスメント事件が続けざまに生じてきた。

 以上のように学内民主主義が形骸化し、大学側と学生のパワーバランスが崩れた結果、大学側の意向が通りやくなったという問題に加えて、第三に指摘する必要があるのは、教育に対して支出をしようとしない国の指針である。2019年9月10日にOECDは、2016年時点の各国における初等教育から高等教育の公的支出がGDPに占める割合を発表したが、日本は2.9%であり、これは35か国中最下位の数字である。こうした中、各国立大学では法人化以降1割以上も運営費交付金が減少し、産学連携や大学自らが企業を設立するなどして、補助金の獲得や自己収入増加を試みている。一橋大学も認可を受け、授業料値上げの遠因ともなっている指定国立大学法人という制度はこの流れに位置づけられるものである。言うなれば国が教育に支出をしないことで、各大学はいかにして資金を獲得するかということが目下の課題となり、研究成果の商品化を進めるとともに、「顧客」としての学生から一層の授業料徴収を進めているのである。

 こうした事態で真っ先に被害を被るのは学生に他ならない。新型コロナウイルスの影響による学生の経済的困窮が相次いで報告されているが、これはもとからあった高学費、乏しい奨学金という問題が、新型コロナウイルスによる経済悪化によって顕在化したことによるものである。構造的問題であり、いわば「人災」なのである。現在、各大学で授業料値下げの運動が盛り上がっているが、これが一時的な学費の引き下げにとどまらず、無償化につながるようになることを願いたい。高等教育無償化プロジェクトFREEの調査により今回の経済悪化によって退学を検討する学生が存在することが明らかになったが、そうした学生を生み出してはならない。教育は商品ではなく社会の共有財産であり、誰もがアクセスできるようにする必要があるのだ。

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